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日本海海戦

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オメメの玉手箱
執筆 : 
オメメ 2012-2-13 14:15
今年は年初からインフルエンザにやられ、それからも大変だった。
次の日には義母、女房、数日おいて娘、ほんのちょっと来ただけの孫娘もどうやら風邪ぎみだとのこと。
こうなるとウイルスを持ち込んだのは私であると家族全体の意見になった。
最近は電車のスヒ-ドの出し過ぎや、歩道橋を大勢の人が通るときに事故の予測ができなかったか、とその予知に対して警察署長や社長の責任が問われる裁判が多くなっている。
私は一昨年はワクチンの摂取を受けていたが今年はその時はまだ受けていなかった。
マスコミも例年ならさわぐところを何も伝えていなかったから、年が明けてからで良いだろうと、いささか軽く見てはいた。
12月29日に初めて赤穂でインフルエンザが小学生二人に感染したと報道されていた。
人口5万人の赤穂市で二人なら、としあけの連休でも良いだろうと考えた
一家の大黒柱(すこしヨボツイテいているが)が家族全員感染させたとなっては、もはや廃材としか価値が無くなる。
訊きに対する予知について考えてみた。日露戦争の時の日本海海戦は小国日本が大国に勝った数少ない勝利だからこれと比較してみよう。
日本連合艦隊東郷司令長官は開戦に入る前に、二隻の漁船から「敵艦みゆ」との無線報告を受けていた。
そして、その後、本国の大本営向けて「本日天気晴朗なれども波高し」と大本営に打電、している。
彼はこの三っのことがらから大勝利を導いているのだ。
一つは漁船からの報告を無視しなかったこと、もう一つは天気晴朗であっちたこと、最後は天気は良くても並は高かったことだ・。
バルチック艦隊は当時はほとんどがそうであったように、石炭を燃料として航行している。それに対して旗艦の三笠は石炭ボイラ-5基と重油2基の蒸気機関で動いていた゜。だから出力は落ちるにせよ戦闘戦速にはいっても大量の煙は出さないで済む。
こうなると晴れは味方で、水平線に船影が捕らえられるより先に船速、方向戦隊の組み方が分かってしまう。
そして「波高し」だ。当時の戦艦の主砲はほとんど同じだから命中度は訓練次第となる。スエズ運河を英国に閉鎖されたバルチック艦隊はアフリカ周りできている。
平行に打ち合えば砲数の多い敵に勝算はあろうが、波の高い海上では数の勝負ではなくなる。
その上、当時の海戦では旗艦に集中砲撃をする。さらに、最新鋭の三笠には砲の周りを防御壁を作り、ガ-ドするのが一般的小所死期なのに、副砲の周りを一帯化してその分厚くしてあった。
これらのことから計算されたかどうかは不明だが、敵前大回頭をして撃破するのです。
敵前大回頭とはT字作戦とも呼ばれ、T字の横の-の様に敵の戦闘香艦を横に遮るようら並んで攻撃する物です。
先頭の戦艦を集中砲撃し、撃沈したら次の戦艦をと狙い打ちするのです。
戦艦と戦艦は船が大きいだけに後続の戦艦は船舶の間の距離が遠いのでせいせい着弾は二、三番手の砲弾してもどの横の敵艦にも届かないことになります。
これと比較して、我が家ではどうかというと、大黒柱がもちこんで、なすへくもなく、一家全滅とあいなりました。
まず、赤穂市ではすでに4週間以上雨がふっちていない。感染しやすい条件はあった。
さらに、小学生二名に発生したとの報道を重視しなかったこと、それも定点報告ですから、報告されない者はさらに多数あっただろうと見逃したこと感染との接触を出来るだけ限られた物に限局する。うたがいなども敢行させる。
こうしたことをすこしでも考慮に入れていたら、被害は少なかったかもしれない。
さて、裁判長、私は我が家の管理責任をとわれるのでしょうか。
私のギア医はインフルエンザAとは分かっていたが、どうも今回のは香港型がおおいようだし、判決次第ではお小遣いがへらされそうだ。。。

四っの正月

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オメメの玉手箱
執筆 : 
オメメ 2012-2-2 15:30
今年の正月は体調も良くなく、折角作ってもらったお節料理もあまり食が進まなかった。 また、年賀のメ-ルなどの返信もさぼってしまい、大変失礼しました。
まだ少し体調も十分ではないが、放り出していた書きかけの物があるので何とか完成しました。そうかといって、いつまで生きていられるかわからないので、来年までアッブするのを待つほどの物ではない。
すでにリタイヤ-しているから別に毎日が正月でも何ら差し支えはないが、若いときはなかなか長期の休みが取りにくいから、まあ、楽しみなのだろう。
日本では年に一回の正月だから、楽しみでもあるわけだが、どっこい、年に4回も正月のあるところがあるんだから、世界は広い。
インドネシアのジャカルタでは普段の生活は西暦でしているから、日本と同じ1月1日が正月なのだが、各宗教が入り交じっているから、それらの宗教上の暦における正月があるわけで、次々と正月がやってくる事になる。しかも、それらの正月は当然国家の休日になるのだから、働き蟻の日本人にしてみればうらやましい限りだろう。
隣国の中国、韓国、ベトナムなども旧暦の正月だから、1月22日となる、ややこしいのは毎年新暦の1月1日(キリスト教のメシアから来たマセイ新年)と同じだけずれれば好いのだが、2月に入ってからの時もある。
これを中国南方の方言である陰暦をなまってイムレク新年と言うそうだ。
過ぎてしまったが、イスラム歴であるヒジュラ歴というのがあって、これも立派な正月なのだからややこしい。
パリ人の正月は3月22日で、そうか、これで4っかと思うと大きな間違いになる。
パリ人には数多くの部族の正月もあるから、それぞれの部族の大事な正月と言うのも存在する。
そのような小さな部族の正月のしきたりなどは今更知りたくもないが、イスラム教の正月はよく分からないし、少しは知りたいとも思う。
断食日と大きく関係しているようで、この断食というのは実は信者が食事を口にしないことと思われているが、どうも本当は神への犠牲を祭る日のようなのだ。
だから生贄となる牛や羊を貯金をはたいて買い込んで、それを神に捧げ、その残り物を神から授かるという意味があるようだ。
しかも、戒律で豚や鱗の無い魚は食べられないなどの細かな縛りがあるから、少し囓ったくらいでは到底理解できない。
その点中国の正月は日本人には理解がしやすい。
旧正月に中国人の家庭に招かれたことがある。一つの家に男女十数人が集まり、食事の準備が始まる。
豪快なのは男2人が豚の半身をかついで持ち込むと、女性が手早く用途別に切り刻むそして、小麦粉を練って餃子の皮をつくる。中国の特に北方の人々の正月には餃子が欠かせない。
この餃子はもちろん水餃子だから、大きな鍋に入れてみんなでつついて食べる。
この餃子の中には硬貨の入っているものがあり、この餃子にあたるとその年は幸せが来るとされている。
この時に餃子を包む女性が好意をもっている男性にその硬貨入りの餃子を食べさせようと包む餃子の皮の閉じる部分を独特の形にして、その男性に食べさせようする習慣がある。
その包み方には暗黙の了解があるらしい。私には皆同じに見えるのだが。
ところが、すぐ隣の男性が私の皿に一つ取って渡してくれた。食べてみるとなんと中に硬貨が入っているではないか。
喜んでみんなに入っていたと見せて、まわっていたら、少し離れたところの女性が「ニ-」と笑顔を見せた。
えっ、この子が入れてくれたのか、いずれにせよ歓迎されているのは間違いないようだからこちらも笑顔で答えた。
しかし、その子の餃子の閉じ方なんて私は知らないし、私の皿に取ってくれた若者も知らないはずなのにと疑問が沸いた。
だがすぐにそれは理解できた。沸いている鍋に餃子を入れると茹で上がったものは浮いてくる。その時は煮えているから食べられる。
でも、硬貨の入った餃子は少し重いから煮えてもすぐには浮き上がらない。
そこさえ見定めれは判別はつくのです。
異国の正月とかお祭りというものは楽しい物だ。何でこんな事をするのかと疑問とそれを推理するのはたのしいものです。
この話を日本人の知人に話したら、「その餃子食べたのか、それじゃ、食い逃げだろう」という。
食い逃げではない、第一お年玉として、いささか過剰にみんなでと渡してきている。
すると知人は、その女の子とは食い逃げだろうという。
冗談ではない、第一紳士の私がそんなことをするはずがないだろう。手も握ってもいないそれを食い逃げとは、「でもその子の餃子は食べたんだろう」、確かに食べたがそれは餃子で、他意はない。
これは困った、こんな時に中国語では何というのだろう。辞書には吃完就走とあるが、これは飲食店での出来事だろう。
知人のいう意味の食い逃げは中国語ではなんというのだろう。
残念ながら、こういうことを気軽に聞ける中国人には知り合いがいない。

死に損なった

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オメメの玉手箱
執筆 : 
オメメ 2012-1-22 21:30
正月に油断したのか、8日から発熱と咳が出始め、翌日には高熱がでた。
我慢をしていたがやがて、呼吸困難になってきた。終末期の呼吸とでも言うのか
「ヒ--」が続く、とにかく苦しい。
休日だがやむなく病院へ行く、当直医は口腔粘膜を調べて、インフルエンザAですとのこと、診断はあっさり付いたが、私の呼吸を見て、半半ですね。という。
つまり助かるか助からないかは半半だというのです。
合併症を起こしていて肺炎にでもなったらお仕舞いということだ。
そうだろう高齢者で人工透析を受けていて、肺癌で片肺をつぶしている。
だからすぐに呼吸困難も来る。知識としては知っていてもいざ自分がなるとどうして良いか分からない。
酸素吸入と気管支内にウイルスが入ってしまってはリレンザも効無いだろうし、タミフルも一錠だけもらい、後は抗体の出来るまでしかたない。
結局二晩ヒ--ヒ-を続けて、三日目には収まってきたが、ベットから起きると相変わらず呼吸が苦しい。
一週間ほどで退院したが家にいても少し動くと呼吸が荒くなる。肺炎も心配したが治り方からは大丈夫な様だ。
やれやれ、これでまた死に損なった。
私には何か重要な使命でもあるのだろうか、マスコミなどでは有名人の死亡原因に載っている病をすでに7,8回も手術で救われている。
また元気になったら、うるさいかも知れないが書き込みは続けるつもりだ。

サンタがやってきた

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オメメの玉手箱
執筆 : 
オメメ 2012-1-3 21:30
遅ればせながら、「あけましたて、おめでとうございます」とどうにか書き込めるようになりました。
今年は子供もや孫がやってきたもので、生活パタ-ンがすっかり乱れてしまいました。
賑やかになることは嬉しいのですが、三が日続くと、いささか疲れます。
昨年のクリスマスには風邪かとも思いますが少し体調が悪くなり、ゴロ寝をしていたら、夢を見まして、サンタさんが現れました。
思わず「お迎えら来たのか、それにしても、赤やら金やらのド派手な馬車(馬車じゃない、トナカイ車だって、そんなこと、ドウでもいいけど)そんなものでお迎えなんかに来るな}と聞いてみたけど、なんにも答えません。
「おれは天国には友達が少ないから、地獄の方を希望していたのを知っているだろう」
これにもなにも答えません。
「なに、天国は綺麗なねえちゃんと旨い酒が沢山あるって、そんなこと信じられるか」
「それが、本当なら、地球の63億もの人間が天国に行くだろう、そうなったら、そうなったら、天国も困るだろう」
「えっ、だから希望を聞いて回っている」ってか。
「昔、北の国でも天国だっていってたことあったよな、そんなんじゃないだろうな」
こういっても黙っています。
「何で、だまっているんだ。なんとかこたえてみろ」
そうしたら、サンタはおもむろに口を開いて見せました。
なんと、舌がないのです。ウソばかりいっていたので、閻魔さんに舌をぬかれたらしいのです。
そういえば、サンタが演説したり、冗談言ったりしているは聞いたことがありませんね。

新春のお笑い一席でした。

年賀

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オメメの玉手箱
執筆 : 
オメメ 2011-12-29 17:07
あけましたらおめでとうございます。

今年いや昨年(まだ今年か)は震災やら津波などがあり、年賀状に「あけましたらおめでとうございます」とかいたけど、あんなになってしまったから、今度の年だって、おめでとうといえるかどうかは分からない。
「昨年はなにごともなく、ご無事でおめでとうございました」と書けたらなによりなのだろうが、世の中そんな都合良くはできてないようだ。
ですから、あけましたらおめでとうございますと書かざるをえない。
「ひょこむ」にはいないだろうが、昔は大晦日に夜逃げなんてのがあったから、結局開けないで終わった人もいたようだ。
東北の人だって、希望を持てとはいわれるものの、税金を納めてきたのにとうとう、けなかった人だっているだろう。
わたしだって、来年一年持てば、役にはたたなくなったけどおめでとうと言われるかどうかは分からない。
18才のガキじゃないから「君には未来がある。頑張れなんて口ではいっても本心は無理かな」なんてところが本音だろう。
しかし、枯れ行く人生のかいまが見えてきたのは、まっ、一つの慰めか。

狛犬

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オメメの玉手箱
執筆 : 
オメメ 2011-12-24 19:40
今年もいよいよ後わずかとなりました。
お正月には神社にお参りする方々も多くいらっしゃることでしょう。
そこで、少し豆知識を覚えておくと子供さん、お孫さん、場合によっては奥さんにお話しして上げるとよいでしょう。
普通神社には入り口の両側に、狛犬が彫られた像が並んでいます。
一般に宗教的な建物や祭物には左右対称になっている場合がほとんどです。今ではこんな対照的な物はむしろ飽きられていますが、昔の人はこのシンメトリ-に対して何か畏敬の念を抱いていたようです。
ですから、狛犬が左右に座っている事には何も不思議はないのですが、不思議なことに、右の狛犬と左の狛犬では少し形が違います。
日本では阿吽といって、アイウエオから最後のンの間での言葉あらわしているという、この阿吽の形を取って、片方は口を開けていて、もう片方は口を閉じています。
さて、今回はこれはなぜかという問題です。
そうそう、書いてはいませんでしたが、中国にもこの狛犬はおります。ただし、中国の狛犬は雄と雌なんです。それの証拠にはよくのぞき込んでごらんになれば、雄の方にはちゃんとオチンチンがついてますし、雌のほうはよく見えませんが、こちらは片足で玉を押さえています。
この玉は子供をあらわしているんです。中国では雄と雌が世界を作っているとの考えがつよいので、鳳凰、麒麟、鴛鴦、などはみんな雄の名前と雌の名前から付けられているのです。
では、日本の場合はというと、お正月から変なところをのぞき込んだりしなくてもよろしいが、阿吽の形は口の開け閉めで分かります。
ここで、日本の神社というのは、もともとが不思議な宗教で、まず教典がありません。
こんな宗教はほとんど例を見ません。
次ぎに、他の宗教を排除しません。どうぞどうぞと仏教ですら、迎合して合祀するのに戦いなどまずありません。だから、宗教戦争もないのです。
もう一つは綺麗なところと汚い所だけを区別して、汚い所をお祓いして綺麗にする。
これだけなんです。
ですから、「出雲国風土記」による日本の神話には、イザナギは亡くなった妻のイザナミを探しに黄泉の国へと向かいますが、黄泉の国のイザナミは既に変わり果てた姿になっていました。
そこで、イザナギは逃げ帰るのですが、この時に黄泉の国に入るのには狛犬の片方つまり現世を通り越して、黄泉の国に入る事を意味します。
そして、逃げて現世に戻る時には反対側の狛犬の方向を見ながら、黄泉の国と決別するのです。
そういう、意味合いを持ってお参りするわけですから、あの狛犬の重要な意味がお分かりだとおもいます。今年はお試しあれ。
では、中国にもやはり狛犬が雄雌であると書きました。これはなぜなのでしょう。
中国の黄泉の国とは日本と同じ様な別の世界と考えられています。
ただし、中国の黄泉の国は、五行思想では黄が、土を表象しており、黄泉は地下にあると信じられているのです。
これは古い王墓などでも棺の下には数匹の犬を副葬している例からも分かります。
悪霊が地下からくるのを犬に守らせているのです。
えっ、今まで、恵那時方向から入って、同じ方向から出てきたけどナンにも変わらなかった。そうですか、まあ、亡くなったら別の世界があるなんて恐らくは動物には無い感覚を人間の頭のどこで作り上げているんでしょう。
いでんなのか、教育なのか。いずれにしてもあなたの問題でしょう。

価値観5

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オメメの玉手箱
執筆 : 
オメメ 2011-12-20 15:20
価値観5
金や銀と比べるとダイヤモンドの価値判定は難しく思えるかもしれません。
利点でもあるダイヤの輝きを利用すれば、逆に判定が易しくもなるのです。
近頃はレザ-ポインタ-が非常に安価になってきています。安価になったとは言っても光の波長をそろえたコヒ-レントですから、これをダイヤに当てることにより、カットの方法つまり反射の仕方、透明度などはまだ販売はされていませんが、可能でしょう。
レザ-光の反射点の位置や角度の判定は投影されたパタ-ンで区別すればよいので、レザ-ポインタ-にはめるだけでも可能になりましょう。
後はカラットですが、これも電子重量計が家庭用のもあります。カラ-はフィルタ-を使うか、レザ-光を変化させればこれまた可能でしょう。
この様に考えると、インドではダイヤが価値の基本になりつつあるということは先見の明があることになります。
それになによりも、軽くて高価なことはどのような動乱や経済破綻に対しても最強の手段となるでしょう。
さて、金銀ダイヤについて述べてきましたが、日本人はなぜか証明書なんて物をありがたがる性質があります。
これらは前述したように民間会社が自社の刻印をつけたり、保証したりしているものですから、その社に全面的に信頼を寄せることは出来ません。
また、証明書なるものは物品自体とは別の用紙に記入されている事がほとんどですので、「すり替え」という奇術の手法を使えば手渡された瞬間にすり変わっている事もありうるのです。
だから、証明書なんてなんの価値も無いことになります。
金銀ダイヤが世界的に価値の象徴とされるのは、このように証明書など無くてもそれ自体が証明しているからでもあります。
そして、たとえ、他の物質が混入していても、また、自分の判断が多少間違っていても、精々数倍の価値のちがいしかありません。
大体、金1グラム4000円ぐらいでしょうか、これを1グラム1万円で買ってしまうことはあっても、100万円で買う人はまずいないでしょう。
ところが、日本ではいや世界でも美術品や骨董品などにはそのような常識が全く通じない世界もあります。
いみじくもスペイン人の神父が言った、小汚い茶碗が城一つに匹敵する価値とはなんなのでしょう。
美術品などは、魅せられて欲しくなった人にとっては、何億の価値をも持つでしょうが、特に気にならない人に取ってはたとえ1円でも欲しくない単なるゴミにしかなりません。
この差は大きいのです。金銀ダイヤが間違えてもたかだか数倍から数十倍のちがいでしかないのに、美術品などに至ってはなんと1億倍もの開きがあっても不思議ではないのです。
とくに、骨董品などにはそんな贋作を鑑定する為にさまざまな鑑別法が開発されています。
炭素14による放射線の変化、年輪による気温変化からの生育判定、コ-クスが使われるまでの間の最高の燃焼温度、いずれ可能になるX線自由電子レ-ザ-による非破壊成分分析、等々、科学的に合理性があり再現しての検査結果も同じというのであれば、その美術品や骨董品の価値を決める手がかりにはなりましょう。
そんなご時世に、日本では鑑定書だの箱書きだのと、あたかも絶対的権威性を持つとの宣伝に乗せられた人物の鑑定した品物がどれだけの価値をもちましょうか。
田中与四郎(利休)の作ったという、竹のスプ-ンを見たことがありますが、私にはゴミ箱行きの価値しかありませんでした。まして、その真偽はさだかでないのですから。

満足組

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オメメの玉手箱
執筆 : 
オメメ 2011-12-20 12:20
金正日氏が心臓麻痺と思われる疾患で死亡しました。
気になるのは彼に使えていた美女軍団です。一般に「喜び組」と呼ばれていて、時たまマスコミにも登場していました。
この美女軍団は「満足組」、「幸福組」、「歌舞組」に分かれていて、すべて金氏への奉仕のために訓練されていたようです。
「満足組」はおもに性的な奉仕を担当し、「幸福組」はマッサ-ジや日常生活の介護、「歌舞組」は踊りや食事の接待に従事していたそうです。
年齢は18才から25才までで、それを過ぎると、幹部に払い下げられる決まりがあったとのことです。
菌氏は69才でした。私よりも3才も年下なのに、そんなに多くのKARAみたいな美女をお相手していては、そりゃ亡くなるのも無理は無いでしょう。
私も気を付けなければ。
60才を過ぎた元美女軍団の話。

価値観4

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オメメの玉手箱
執筆 : 
オメメ 2011-12-17 23:50
価値観4
ヨ-ロッパとの貿易よりも遙か以前から日本は中国と交易がありました。教科書などでは遣唐使、遣隋使など、訪ねてゆけば様々な文化度の高いものを頂戴して帰国しているように書かれています。
確かに、中華主義の中国は朝貢してくる国にはより多くの品物を授けてはいたでしょうが、手ぶらで行っても、そんな扱いはしません。
では、日本はなにを中国に輸出したのでしょうか。
中国にはほとんどの物があります。ありふれた物を持っていっても、また来たか。
くらいで、優遇はされなかったでしょう。
日本からは「干し椎茸」がその一つだったそうです。これは中国には気候の関係からか採れなかったようですし、国教である仏教の教えから坊主達は生臭物は食べなかったので、このシイタケを珍重したとの記録があるようです。
中国には一般に「素菜」と言う精進料理があり、このシイタケをまるで豚肉の煮込みのようにして食べることがあります。(現在では何人かで予約が必要です)
食いしん坊の坊さん達が欲しがる品物には違いありません。
当然価値が高くなります。
さらには硫黄です。火山国の日本にとっては別に硫黄泉なんて温泉にはいるくらいですから、まあ、無尽蔵に取れたでしょう。ほとんど苦労せずにです。
中国は火薬を早くから使い始めています。火薬の原料はと言うと、炭素、硫黄、硝石です。
炭素は炭から取れますし、硝石は鉱山として存在します。残る硫黄がないのです。
あっても、十分な量ではありません。だからこれも欲しい物の一つになりましょう。
もう一つは意外に思われるかも知れませんが、扇子でした。
中国にも南の国のように大きな団扇のようなものを従者に煽がせて暑いときに使う場合はあったでしょう。
しかし、女官やお金持ちとはいえそこの女房達までがそんな事は出来ません。そこで小さくて、いつでも取り出せる扇子の需要が多かったのでしょう。
それはつまり、女性の気(珍しい物つかっているという)を引いて、様々な物品を手に入れるのにも役だったことでしょう。
このころから高性能小型化が日本のお家芸だったんですね。
それにしても、金銀の値段に比べたら、現在では安いものだったのでしょう。
それに引き替えて輸入された、中国の文化的な物や仏像、教典などはいわゆるお金に換算したら、到底比較には出来ない物でしょう。
後で述べますが、人類に普遍的にほぼ等価値の金や銀とちがって、美術品、骨董品、宗教関係の品物などは値段が付けられません。
だからスペインの牧師がこ汚い茶碗とお城一つが等価値の国と表現したのは無理からぬところです。
これについて、少し追加しておきましょう。
金は前述の様にまず試金石でどちらが傷つくかで、馴れれば素人にでも鑑別来ます。
銀はこれも他の金属よりも比重が重いので持った感じでも比重の確認ができます。
錆びないし、硫黄などで黒ずんだり、黄ばむけど、その後、磨くと鏡のようになる。
金ほどではないが金属の中では柔らかい。だから堅さでもある程度は判別できる。
熱伝導率が高い。触ってひんやり感があり、持っているとすぐに温まりやすくなる。
磁石に付かない。もちろん磁力の無い金属が混じっているとむずかしい。
むかしから、価値の統一を図るにはこのようにして偽物を防ぐ方法もいくつか考え出されていましたし、現在の様に紙幣ばかりではなかった市民は多少ともこれらの知識はまず常識程度にはあったことでしょう。
日本では米を年貢として納め、禄高を米で頂戴するのですから、お金は天保銭などはあったものの、品物の代金は米で払いますから金銀の鑑別などにはさほどの関心はなかったのでしょう。
最近のことですが、中国では金の自動販売機が登場したそうです。国の紙幣が20年前は人民元と外元(ワイピンといったが漢字は忘れた)があり、人民元は海外の物が買えなかった時があったから、世界共通の価値としての金が自動販売機で買えるのです。
ところが、インドに行くとダイヤモンドの自動販売機があるそうです。
私達が聞くと、えっダイヤがなんで、となりますが、インド人に言わせると、金は重いからだそうです。(逃亡の時は高くて軽い物が何よりです)
そうですね。金は比重が重いから、1グラムが最近は値上がりして4,5千円になっているようですが、お金持ちにとっては自分の体重分の金を背負って逃げるのにも大変なことになります。(金丸とか言う政治家かが床下に金の延べ棒を隠していたと報じられましたがダイヤにしていたらみつからなかったかもしれません)
その点、ダイヤモンドは軽いものです。金と等価値の物でもどこにでも隠せます。
さらには、戦乱や動乱の多い国や政情不安があれば頼れるのは世界に通じる等価値のものです。
そして、なによりも、金やダイヤには品質証明や鑑定書、美術品の箱書きなんてものは必要ないのです。
あんな物はすり替えられたら、全くの無価値になってしまうからです。
では、ダイヤがどうしてインドでは自動販売機などで売られているのでしょう。
それには事情があります。アフリカなどで採掘されたダイヤモンドの原石は価値の高くなるように設計されたカットを指定して、人件費の安いインドで加工されるからです。
と言うことは自分自身でなくともダイヤ加工に従事した人々が身近にいることにもなります。
彼等はかなりの精度で見分ける事ができるでしょう。
大体インド人に委託するようなダイヤモンドはまあ売れ筋と言って良い0.5カラットくらいのものでしょう。
1カラットは0.2グラムですし、売れ筋は0.5カラットで、大体100万円くらいでしょう。(金の重さと比べてください)
金や銀と違って、判定の難しいダイヤモンドをいかに職人が多くてもインド人が判定できるものでしょうか。
特殊なダイアモンドを除けば、そんなに難しくは無いのです。ます、4Cといって、ダイヤはカラット、重さです。次ぎに、カラ-と言って、色合いです、黄色やブル-などの特殊な物もありますが、色合いが良いものです。
これと関係しますが、クラレティ-と言って、要するに透明度が高いことです。
最後はカラットです。原石によりカットの仕方がちがうのですが、な-に、価値観を共有しようとしたら、最も一般的であり、万人に美しく見えるカットであるブリリアンカットだけを覚えれば良いでしょう。
特殊な希少価値のあるダイアモンドの価値なんて、お金の使い道のない人に任せればよいのですから。
これた゜けのことを頭に置いて、それぞれを十数個づつ見比べたら、あなただってそんなにおおくの違いは出てこないでしょう。
精々、数倍から数十倍くらいまでの誤差でしか無いと思います。
今回、書きました事柄は価値観の共通化という意味でです。
次回は、日本に特有でもある美術品、骨董品、書道、茶道、華道などに二ついても書いてみたいと思います。

価値観3

カテゴリ : 
オメメの玉手箱
執筆 : 
オメメ 2011-12-13 23:40
価値観3
東京都の沖の海上に三宅島と言う島があります。ご存じの様にここは「くさや」と言う非常に臭みの強い干物が有名です。
ムロアジを開いて、くさや汁に漬けた干物です。
確かに強烈な臭いがして焼くときなどは近所に気兼ねをします。
ところが味はすばらしいのです。珍味のひとつと言っても良いでしょう。
さて、このくさやがなんでこんな海上の島で開発されたのでしょうか。海の真ん中ですから塩は豊富にあったはずですから塩漬けでも保存食としては十分に間に合ったはずです。
それをあのような臭いの強い汁に漬けて干物にしたのはなぜなのでしょうか。
それにはわけがありました。海の中の島ですから、江戸幕府も取り立てる米はなく、塩なら取れるだろうと、塩を年貢に取り立てたのです。いかに周りが海とは
いえ、製塩には当時の事ですから、燃料も必要でしたでしょうし、労力も大変でした。
そのため島民自身の塩の摂取量を減らさねばなりません。
周りの海ではムロアジが沢山取れるのに、その保存法がなければ腐らせるだけです。 
そこで、考え出されたのが、あの漬け汁なんです。
ですから、島民に取っての価値ある物といえば、あのくさや汁なのです。
島民の彼等にとっては、塩がなくともこれさえあれば生きて行けると、まさに価値あるものなのです。
1543年、種子島に漂着した中国船に同船していたポルトガル人が鉄砲を日本に伝えた事になっています。
私は以前奄美大島までフェリ-で出かけたことがありました。この時に種子島と屋久島の間を通過するのですが、屋久島は絶壁だらけで、到底漂着できる場所などは見ることも出来ませんでした。
ところが、種子島は比較的遠浅の海岸が続いており、この島にたどり着いたのは遭難船にとっては幸運だったのでしょう。
なぜなら日本の歴史を変えた一出来事だったからです。
そして、種子島にはこの船により鉄砲が伝来します。当時島の支配者だった島津貴久も種子島時尭も江戸幕府との関係から薩摩藩からの扱いも丁寧だったようです。
それが幸いしたのか、この時の鉄砲二丁をなんと数億円で購入しているのです。
難破船ですから島民としても、食料や水などの必需品を高値で売れたはずなのに、そんな記録はなく、また、屋久島でなら到底そんな金額は出すことが出来なかったでしょう。
多分、金か銀での購入だったのでしょうが、現在の価値では二丁で数億円したとの記録があるそうです。
初めて鉄砲を見たものではなかったのでしょう。中国沿岸にはポルトガルやスペインなどの船がきていたでしょうし、火薬の知識も蒙古襲来のときに手榴弾の様なのがあっのですから。
それにしても、偉い物です。この鉄砲購入後の二年後には同じ物を何丁も作っているんですから、現在の中国のパッチものだって顔負けでしょう。
その後わずか30年ほどで織田信長は,1575年に,長篠の戦いで数百丁の鉄砲隊を編成して,武田軍の当時最強と言われた騎馬隊と対峙して,圧倒的な勝利を得ています。
この時に、種子島に漂流したのがポルトガルで良かったのです。
もしも、スペインであったら、何年か後には大挙して押し寄せたスペイン軍によって日本は荒廃させられていたでしょう。
ひとつには、ポルトガルは訪れた国にガラス玉や装飾品などの物資を持ち込んで、交換する貿易方法をとっていました。
ところが、スペイン1533年にインカ帝国の第13代皇帝アタワルパを騙して絞首刑にしてからは、インカの金銀を残らず略奪するのです。
このころのインカ帝国の財宝は全世界の数分の一もあったと推定されています。
そして、同じ頃の日本も銀の産出は石見銀山や平泉の金など、このインカとひけを取らない量を保有していたのです。
いくら産出量が多いと言っても、また、精製法が違うと言っても無尽蔵にあるわけではありませんから、両国の金銀の保有量は似たような物でしたでしょう。
当時の日本は貿易国と対等に交換できる品物はありませんから、戴く一方では貿易は成り立ちません。
そこで、金銀の貯蓄を使いつぶしていたと思われます。それも先様の言い値でです。
そのことについて、スペイン人の神父が母国の国王に書簡として送ってあるなかに「日本人は金や銀よりも、小汚い茶碗に草の粉を入れて、竹のスプ-ンで飲んでいる。」と書いているそうです。
ヨ-ロッパでは毒殺がかなりあったようですから、ヒ素などが混入されると銀食器は変質するので、それで防いでいたとの考えもあります。
確かに硫黄泉の温泉に銀の指輪などで入ると真っ黒になりますからその効果はあったのでしょう。
さらに、ガラス器が発達すると、グラスの内側に毒を塗りつけておいて、同じボトルの酒を酌み交わす。毒を塗った方だけが死に至るので、同じボトルの酒を飲んだ他の人々は何もないことになり、疑いを免れます。
だから、今でも、ワイングラスはピカピカに磨き上げて、逆さに吊してあるのです。
では、日本ではとなると、徳川300年の間に将軍のお毒味役と言う者がおりました。
しかし、記録に寄ればお毒味役が死んだり、体に異常を起こした例はないそうです。
そんな事情から、日本ではあの小汚い茶碗で狭い部屋で一緒に草の粉を飲んでもなにも注意は払われなかったのでしょう。
小汚い茶碗で一緒に飲み口を変えて飲むとか、その茶碗を城一つと交換したなんてことは当時のヨ-ロッパ人には到底信じられなかったでしょうし、価値観がこれだけ違えば、貿易による利益は莫大なものになると考えても不思議ではありません。
前述の神父とは別人と思いますが、欲の深いスペインの国王がペル-のように日本を征服して、保有する金銀を持ち帰れと命じたようです。
それに対して、その神父は、それは無理です。今の日本にはヨ-ロッパ全国の鉄砲よりも多くの鉄砲や火薬が存在します。と返書を送っているそうです。
この様に並べてみると、価値観というのは見方によっては大きく異なるものですね。
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